自由技
大人12人 子供6人
大人の時間帯では久しぶりに人数が多く、すべて有段者だったので6人ずつにわけて自由技の稽古をしました。
福田先生は殆んど気の流れの稽古はしないのですが、寒かったということもあり身体を動かすのにはいいだろうということで自由技の掛かり稽古になりました。
自由技の稽古をするといつも「基本が大事」だということの再確認ができます。福田先生曰く
「べつに気の流れの練習なんかは必要ない。基本をやってればできるようになる」
は本当にその通りなのです。次から次と別の人間が飛びかかって来る掛かり稽古では、次はどんな技をやろうなどと頭で考えているようだと間に合いません。
何も考えなくても相手の動きに呼応するように身体が自然に反応し、理にかなった合気道の捌きがおこなわれるようになってないといけません。
その時のためにいつも稽古しているのが基本の固い稽古なのです。体捌きは基本も気の流れも一緒ですから。
私がダメなのは気持ちで負けることです。昨日は私は何度か梅原さんに押し込まれたり、堪えられて膠着してしまい技をかけられませんでした。そんなときは冷静に基本の型に戻ればいいのにその意識も飛んでしまうのです。掛かり稽古中にそうなったら、
「次は梅さんだ。さっきはダメだったけど、次はどうすればいいだろうか・・・ああか?こうか?」
と考え、うろたえてしまい、もう自分の中心軸の方が外れて崩れてしまうのを感じます。
苦手意識で心が崩れると当然身体も崩れます。思考停止とともに身体も停止してしまいます。
「合気道は心の修行が一番難しいんだよ」
福田先生の言葉に痛感します。
「武道なんだから弱気はダメだよ。だからって、相手をやっつけてやろうというのも肩が(上半身)力んじゃってよくないんだけどよ。簡単だっぺよ、自然にしてればいいんだから。難しいのかな?(笑)」
精神力を強くするためには技術を磨くしかありません。苦手な人ともどんどん稽古していって克服していかなければなりません。
鍛錬して合気道のための強い基礎を作る。柔らかくても強靭な身体です。
精神を強くと言っても負けん気ばかり強く敵対心を持つのは合気という技術のためには弊害になってよくないです。
反対に技術書や精神学の本を読んで精神を鍛えれば合気の技術が身に付くかといえば違いますね。宗教的な精神修行でも合気道の技術や身体が直接的に向上にするわけではないと思います。
さんざん稽古で打ちのめされて悩んだときに技術書を読んだりビデオを見たりすると心の平穏を取り戻すのに助けにはなりますけどね。
植芝盛平開祖も言ってます。
「合気とは筆や口にはつくされず 言ぶれせずに悟り行へ」
なによりも人と人の稽古の中で悩み、痛み、考えながら見付けていくしかないのですね。