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呼吸法

7月15日 (水) 土浦武道館 pm7:00
土浦つくば合気会 福田 保 先生  
18人
体の変更
諸手取り呼吸法
天地投げ
座技呼吸法

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火曜日の両手取り入身投げでかなり苦しんだので、その復讐を稽古開始10分前に齋藤さんと一緒に福田先生に見てもらいました。
一晩考えてみた手法を試してみましたがいまいち???
やはり結論としては変わらず「基本の呼吸法と体の変更(合わせ)」に戻るしかないということ。
 
幸運にも水曜の稽古は「呼吸法」中心の稽古になりました。
天地投げは100%「呼吸法」の技です。「何をしてでも倒す」ということなら手で体を押したり足を引っ掛けたりといろいろありますが、それは合気の「呼吸で崩す」とは違うのでやったってけいこになりません。ダメな稽古です。
大東流さんでいう「合気上げ」を植芝翁の合気道では「呼吸法」とか「呼吸力」と言います。生き物が通常行う意味での「呼吸」とは違います。
 
【植芝吉祥丸二代目道主】
「頭の先からつま先まで、体全体で天地と共に呼吸する…天地の流れと一体化し、融和した姿そのものが呼吸」
 
というように相手と一体化すること、その技法を呼吸というのだと思います。
「天地と…」というのはまだまだ私にはわからない境地ですので、せめて目の前の人には合わせて一体化できるように努力したいと思ってます。

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2008年 入門した頃の私の稽古日誌より
福田先生からの呼吸法の基本の指導
・肩幅くらいよりちょっと広めで両手をだす。
・肩の力を抜く。
・指先を開く。
・剣を振りかぶるように丸く。
・持たれたところを意識せず。
・押したり引いたりしない。自分が崩れないように。
・手だけで押さないように、相手についていくように。
・(技の終わり制する時)相手を上から押さえつけるようにするのはダメ。
 力を抜いてスッと出す。
・押さまえる時はどの技でも背中が丸くなるとダメ。
 背筋を伸ばしていい姿勢で畳一枚位先を見て。
 
などなど…
基本のアドバイスは今も意識して稽古しています。でも、福田先生の呼吸法をちゃんと勉強するにはその先の先があります。
福田先生が私たちと決定的に違うのは手を取った瞬間に先生の手首と受けの手のひらが吸い付いたかのように密着して接着されたようになってしまうことです。
こうなったら最後、崖っぷちにつま先立ちになって、陸より離れた空にあるロープを掴み転落しないようにフラフラしている状態のようになってしまいます。
当然、その状態ならばロープを右に振れば右に左に振れば左にと操り人形のように容易に動かされます。福田先生の技は全てここから始まるのです。
 
【福田先生曰く】
「がっちり持たれてやる固い稽古だろうが、気の流れの技だろうが関係ないんですよ。やり方は全部おんなじ。基本は合わせることなんですから。」
 
先生を押さえにいったつもりが、逆に完全に捉えられてしまい浮いた状態になる。
まさに私の身体は先生の手の延長になって一体化してしまってるんです。
私は植芝大先生の「天地一体」とか「天地ノ理ヲ見ルベシ」などの言葉の多くを
 「合気道の技術は素晴らしいけど、宗教臭いのは嫌だな〜」と思ってました。
でも福田先生に合気道技法を学ぶほどに大先生の神がかった言葉も少しはわかるような気持ちに変わってきました。
大先生の「言霊」は単なる宗教がかった詩などではなくって、 実はこれは「宗教論などではなくかなりストレートな技術論」だと思うようになりました。
これらの言葉は合気道の合わせの技法を行うための心の置き方としてかなり重要な技術です。
自我を捨てて相手の気持ちを引き込むように一体化するなどということは
「投げてやる」「やっつける」などと考えてたらできません。逆にその気持ちを相手に捉えられてしまいます。
植芝盛平翁 「武道」より
「自己モ自己ノモノモ更二ナシ…」「自己ノ思フ通リニ敵ヲ導ク…」
力を抜いてリラックスするために必要なことを大先生が多くの言葉で残してくれています。
私には大先生の教えを体現する福田先生もいます。

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